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ヒストリー・オブ・工藤公康 完全版 【パワプロ2022 実在】

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徹底した自己管理と飽くなき向上心で
実働29年、通算224勝を挙げたレジェンド。
そんな工藤公康の足跡を辿ってみよう。


※前回から93年の西武時代を追加!


【西武時代】
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再現年度:1993年15勝3敗 防御率2.06 MVP、最高勝率、最優秀防御率)

81年にドラフト6位で西武ライオンズに指名されて入団。
常勝西武では数々の栄冠を手にしたが、93年は夫人の体調管理のサポートもあり、MVPに輝いて個人では最高ともいえる年だった。


査定ポイント
MVPの投球ピンチB要所○勝ち運
非得点圏被打率.220(482-106) 8本、得点圏被打率.176(131-26) 2本
得点圏被打率の低さはリーグNo.1


得点圏被打率の低さももちろんだが、勝てる投手の理由が接戦時の強さがある。
同点時被打率は.202(253-51) 1本
1点リード.164(61-10) 2本
2点リード.143(21-3) 1本

上記のように勝てる理由がしっかりしているのに勝ち運は矛盾しているが、
それにしても93年終了時の通算勝率.694はかなりの高勝率。
もちろん西武黄金期という要因はあるが、監督時代の優勝回数も含めて野球人生自体に勝ち運のある人なのかなと。

投球について



変化球:映像をみるとほぼストレートとカーブの組み合わせ。
日本シリーズでは125km前後のスライダーやシュートを確認できた。(スクリューでもいいとは思う)

コントロール:コントロールに定評がある工藤だが、西武時代はそれなりにフォアボールを出している。93年は四球率3.4。
90年に1イニング4四球、91年に5連続四球なども。

スタミナ:93年はヒジに不安があり、サンフレッチェという強力リリーフ陣がいたこともあって、早い回での降板が多かった。完投数も4と他球団のエースと比べてると圧倒的に少ない。

MVPに輝いた年なのでコンスタAAにしたかったが、ここは我慢。

対左E
対右.204(442-90) 4本、対左.228(171-39) 6本

キャリア通じて左に弱い?
93年はウインタース、藤井、カズ山本に2本ずつ一発を浴びる。


【ダイエー時代】
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95年からプレーしたダイエー時代。
99年に93年以来2度目のMVPを獲得して王監督を男にした。
工藤自身も99年がピッチングが完成した年だと語っている。


詳細はこちらの記事から



【巨人時代】
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FAで2000年に巨人へ移籍。
2004年には通算200勝を達成。
200勝を達成した試合はなんと同点の7回に勝ち越しのプロ初本塁打を放ち、そのまま完投勝利とまさしく工藤劇場だった。

査定について
今回は200勝を達成した2004年で作成。
あの200勝の試合のインパクトが強すぎで、投打躍動つけちゃいました。許してね。
ちなみにこの年得点圏打率も4割超えていて、謎にバッティングが覚醒していた。
2004年はフォークの比率が高くなっており、微妙に投球スタイルが変わっていた年でもある。



【横浜時代】
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FAの人的補償でベイスターズに2007年に移籍。
開幕当初から打ち込まれてとうとう限界かと思われたが、その後鮮やかに復活。
7勝をあげた。


詳細はこちらの記事で


【第2次西武時代】
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現役最後のチームは古巣西武だった。
中継ぎとして登板するも、苦しい投球が続いた。
この年限りで引退し、ソフトバンクで監督として黄金時代を率いた。


査定について
ランナー一塁時.600
得点圏被打率.556と踏ん張れなかった。
緊急登板〇
これほどの実績を持つ選手が、ワンポイント登板も厭わず投げていた。
その姿勢だけで緊急登板〇


カメハのオススメポイント
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こうしてみると年代によって少しづつ投球スタイルに変化があるね。
みんなはどの時代の工藤が好きかな??


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